コストライフの防災ブログ改め「新しい生活様式(New Life Style)」ブログ

~新型コロナと共存しつつ、社会経済活動を行っていくために、感染拡大を予防する「新しい生活様式」の取組を定着することが重要です。一緒に取り組んでいきましょう~

#347 コメンテーターになぜこうもイライラするのか

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コメンテーターの淘汰が始まるかもしれません

 朝から昼、夕方、夜、深夜まで、メディアは新型コロナウイルス関連のコンテンツだらけ。とりわけテレビ番組はプライムタイム(19~23時)と深夜を除く、ほとんどの時間帯がコロナ一色で埋め尽くされ、重苦しさを上乗せする要因の1つになっています。

 

 コロナ一色の報道・情報番組は、「最大の関心事であり、気になるけど、見ると気が重くなる」という視聴者に複雑な思いを抱かせるコンテンツ。視聴者から「見ていてストレスを感じる」と思われがちですが、このところ各番組のコメンテーターたちが、そんな人々のはけ口のように批判されているケースが目立ちます。

 報道・情報番組のコメンテーターは、以前から批判の声を上げられることも少なくなかったものの、コロナ禍によってかつてないほどヒートアップ。これまであまり批判されていなかったコメンテーターたちも、ネット上でバッシングされている光景を目にするようになりました。

 なぜ今、コメンテーターたちは猛烈な批判を受けているのか。なぜ批判されても起用され続けるのか。今後コメンテーターはどんな扱いになっていくのか。それぞれの背景や理由を放送現場への取材をもとに掘り下げていきます。

 

■コメンテーターこそ不要不急の外出

 まずどんな批判の声があるのか。最も目につくのは、「なぜこの重大事にこの人がコメントしているのか」「専門外のコメンテーターは害でしかない」などの人選に関するもの。現在でいえば、「感染症と経済の専門家以外はすべて不要」という見方をしている人が圧倒的多数派となっているのです。

 しかし、現在午前・午後に放送されている情報番組には、感染症と経済の知識が乏しいコメンテーターが3~5人程度出演。その中にはタレントも多く、「タレントコメンテーターの出演こそ不要不急の外出」という、どう見ても正論の批判を浴びています。

 また、タレント以外の弁護士、大学教授、ジャーナリスト、作家、実業家なども、専門外のことをコメントするほどタレントコメンテーターと同等の存在とみなされ、批判の対象に。しゃべればしゃべるほど、「なぜこの話題でこの人のコメントを聞かなければいけないのか」「一般人がTwitterでつぶやいているのと変わらない」という批判につながってしまいます。

 もともと制作サイドには、「その分野の専門家だけでなく、他分野の専門家だからこその視点もある」「親近感のあるタレントが視聴者目線でコメントすることも大事」「時に分野を越えた議論も必要」などの意図があり、多くのコメンテーターを起用してきました。視聴者もある程度その意図をわかっていますが、深刻な状況の現在は「時間の無駄だから聞きたくない」「大切なことがわかりにくくなる」「素人意見を視聴者が信じてしまったらどうするんだ」という気持ちが強くなっているのでしょう。

 

中には専門外であるにもかかわらず、「国や国民のために私が言わなければ」と使命感に燃えて発信し続けるコメンテーターも少なくありません。しかし、発信するほど視聴者感情との乖離が大きくなり、「この人が言っても説得力がない」「うるさいだけだからもう出るな」と批判を浴びる悪循環に陥っています。

 通常、情報番組はさまざまなテーマを扱っていますが、現在はそのほとんどが新型コロナウイルス関連に集中しているだけに、これまでのコメンテーターたちがフィットしないのは当然。視聴者にとっては、「何でこの人がいるの?」「しばらく休んでもらったほうがいいんじゃない?」と思わざるをえない状態であり、これ以上の批判を生まないためには、制作サイドが何らかの手を打たなければなりません。

 

■「批判ありき」の主張に募るイライラ

 次に多い批判の声は、「批判ありきで、不安をあおるだけのコメンテーターばかり」「批判するほど視聴者の支持を得られると勘違いしているのではないか」などの批判に関するもの。コメンテーターが発した批判がブーメランのように自らのもとに戻ってきて批判されているのです。

 もちろん健全な批判であればいいのですが、問題視されているのは「批判ありきで褒めないこと」「憶測で話していること」「改善策や代案がないこと」の3点。

 私はこれまで50人を超えるコメンテーター経験者と公私で会い、SNSも含めてコミュニケーションを取ってきましたが、実感としては約7~8割程度が批判することをためらわないタイプのキャラクターであり、むしろそれをベースに活動する人も少なくありませんでした。もちろんそれは悪いことではありませんが、コロナ禍で不安や不満を抱える人が多い今は、それをあおるような批判の多いコメンテーターほど嫌われやすいのです。

 また、コメンテーターになれる人は一握りであり、なりたい人の多いポジションであることは間違いありません。だから、特別な存在となるために、日頃から人々の目を引くような「批判ありき」のコメントに偏ってしまうケースも散見されます。同様にコメンテーターが憶測のみで話し、代案がなく批判しっ放しになるのも、「批判ありき」の思考回路が身に染みついているからでしょう。ただでさえ視聴者は自粛生活でストレスを抱えがちなだけに、「批判ありき」のコメンテーターを見てイライラしてしまうのは当然なのです。

 

一方で制作サイドが「批判ありき」のコメンテーターを起用していることも批判を集めている理由の1つ。その意図は、「『批判が飛び交う』『対立構図が生まれる』ほうが視聴者の注目を集められるから」であり、ショーのように確信犯的に仕掛けているのですが、それが現在のような非常時には目に余るのでしょう。

 作り手にとって「批判ありき」のコメンテーターは、「ショーとしての盛り上がりを生む」という意味で計算できる存在。実際、情報番組を取材していると、「進んで悪役のような立場を引き受けてくれる人ほど、現場で愛されている」という傾向も見られます。

 それとは真逆の「無難なコメントのみでOK」とされているコメンテーターも、制作サイドにとっては計算できる存在。そんな穏健派の代表としてタレントやアスリートなどがキャスティングされていますが、やはり非常時の現在では浮いた存在となってしまいます。

感染症の専門家にも批判の声が

 次に挙げておきたいのは、ここにきて新たに批判の対象になりはじめている感染症の専門家たち。あくまで彼らは専門家としてのゲスト出演であり、レギュラーコメンテーターではないのですが、毎日出続けることで事実上のトップコメンテーターというポジションとなっています。

 3月には彼らの話を熱心に聞いていた視聴者も、日を追うごとに「あれだけテレビに出続けていて正確な情報を集められるのか」「本当の専門家ならテレビに出ている場合ではないはず」「いつも同じことを言っているだけで、あまり意味がない」などと批判の声を上げはじめているのです。

 そうした批判のもとになっているのは、局も番組も違うのに出ている顔ぶれがほとんど変わらないこと。もともと情報番組の専門家は、トラブルを避けるためにメディア出演実績が豊富な人を起用する傾向が強く、それが“出演者かぶり”につながっています。

 相手がメディア出演実績の豊富な人たちであり、「専門家に出てもらっている」という空気があるからか、コメントは個人に委ねるケースがほとんど。いい意味では「率直に話してもらっている」と言えますが、悪い意味では「エビデンスに欠け、感情論に流されても、放置している」とも言えます。毎日見ている視聴者が、そんな問題点に気づいてしまうのは当然でしょう。

 新型コロナウイルスは未知のところが多いだけに、多くの臨床経験を持つ日本感染症学会の認定専門医や、感染症対策の実績がある人ですら、「はっきりとしたコメントがしづらい」のが実情。前述した「同じことばかり言っている」という印象を持たれていることを制作サイドは理解しています。

 

そんな背景があるからこそ制作サイドは、「不安視したほうがいいことと、楽観視できること」「やったほうがいいことと、やらなくてもいいこと」などをはっきりコメントできる人を重点起用。しかし、視聴者に「エビデンスに欠ける」「感情論に流されている」と思われてしまったら、批判を受けても仕方がないのです。

■リモート出演の多用が番組を変える

 現在は「ソーシャル・ディスタンスを取らなければいけない」「新型コロナウイルスに関して語れることが少ない」などの理由から、コメンテーターの人数やコメント機会を減らしている番組もありますが、業界内では「コロナ禍が過ぎたら、いったん元に戻る可能性が高い」と見られています。

 その理由は、再びさまざまな情報を扱うようになったとき、3~5人のコメンテーターをそろえたこれまでの形のほうが話題を掘り下げられ、盛り上がりを生み出せるから。しかし、ある情報番組の制作陣から、「『リモート出演で十分だから、コーナーごとに専門家を呼ぶ形のほうがいい』という案が検討されている」という話を聞きました。

 これは「専門性を重視した起用に変われば、知名度を加味する必要がなくなり、番組の質が上がる」「リモートを生かせば制作コストも下げられる」という理由であり、現在の視聴者嗜好を踏まえても理にかなった案です。もし実現したら、「コロナ禍によってリモート出演が多用されたことが、今後の情報番組に影響を与える」という象徴的なケースになるでしょう。

 その際、番組ごとに違いが生じそうなのが、タレントコメンテーターの扱い。視聴者の間で「タレントコメンテーターはいらない」という声が強くなる中、それでもショーアップの要素や、大手芸能事務所との取引を重視して起用し続けていくのか。とりわけ風当たりの強い「芸人コメンテーターをどう扱うのか」は、視聴者の評価を分けるポイントになるかもしれません。

 

■ドラスティックな改革を求める声

 もう1つ見逃せないのが、「これまでコメンテーターとして重用されてきた弁護士、大学教授、ジャーナリスト、作家、実業家などの肩書きが視聴者に通用しなくなっている」という現実。ネットの普及で多くの情報を得て賢くなった視聴者に、その肩書きを信頼したうえでコメントを聞いてもらうことが難しくなり、コメンテーターとしての説得力が落ちているのです。

 

 制作サイドも、その変化には気づいているものの、身元の信頼性に加えて、視聴率に直結しやすい高齢層への説得力は落ちていないことから、まだコメンテーターの人選はあまり変わっていません。世代差を埋める最大公約数の肩書きがない時代だけに、制作サイドの人選にフィットしない視聴者が増えているのです。

 だからこそ制作サイドに改めて突きつけられているのは、より多くの人々に「この人のコメントなら聞きたい」と思わせるキャスティング。誰もがネット上で自由に発信できる今、そのハードルは上がっていますが、批判の声が多いのは、「コロナ禍をきっかけにしたコメンテーターのドラスティックな改革が求められている」からではないでしょうか。