コストライフの防災ブログ改め「新しい生活様式(New Life Style)」ブログ

~新型コロナと共存しつつ、社会経済活動を行っていくために、感染拡大を予防する「新しい生活様式」の取組を定着することが重要です。一緒に取り組んでいきましょう~

#345 テレワークで「自分こそが不要不急」と自覚した会社員の悲しみ

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テレワーク(イメージ)

 外出自粛でテレワーク、飲み会も中止。ずっと家にいたら、やることもないし、何か肩身が狭い。そしてふと気づくのだ。あれれ? もしかして自分は、会社でも家でも必要とされていないのでは……。

 

パパはウイルス扱い

 「新型コロナウイルスの影響で、ウチの会社もテレワークが始まったんですよ。家で一日中、妻や娘と一緒にいることになるわけですね。学校も休みですから。すると、痛いんです。妻や娘の視線が。刺さるように痛いんです」

 鬱々とした口調でそう話すのは、中堅商社に勤める49歳の男性・久保田康雅さん(仮名)だ。

 新型コロナが猛威を振るう中、飛び交っている言葉がある。「不要不急」という文言だ。とくに急ぎでもなく、必要でもない。あってもなくてもどっちでもいい、という意味である。

 「不要不急の外出は避けてください」

 巷ではそんなふうに使われているが、自宅に籠もることが増えた人たちの中から、ため息交じりの声が聞こえてくる。「不要不急とは、俺のことだったのか」と。

 前出の久保田さんは、家に籠もって初めて目の当たりにする妻子の態度に愕然としたという。

 「うちの社は社用パソコンが持ち出し禁止のため、自宅のリビングで家庭用パソコンを使って会議や仕事をしているのですが……。妻や娘がリビングにいる私を見ると、『またいる』とばかりに、露骨にため息をつくのです。

 ショックだったのは、私がパソコンを使い終わって席を外すと、娘がすごい勢いでキーボードやマウスをアルコール消毒したこと。冗談めかして、『おい、そりゃないだろ(笑)』って言ったら、『濃厚接触になるじゃない! 』と、まともにキレられて困惑しました」

 久保田さんは仕事人間で、土日もゴルフ等で家を空けることが多い生活をしていたという。

 娘とは朝や深夜に顔を合わせた時、短い会話を交わす程度。それでも互いの愛情を疑ったことはなく、「普通の家庭」だと思っていた。

 ところが新型コロナがその幻想を打ち砕き、認めたくない真実を曝け出してしまったのである。

 「先日など、たまたま私が先に風呂に入ったら、娘が激怒してお湯を全部抜いてしまったんです。『汚いお湯に入りたくない』って。

 以前は帰宅が遅いから、自然と私が最後に入浴していたんですが、家にずっといるから、ついうっかり……。衝撃を受けました。そこまでやるのかと。家にいるだけで、ウイルス扱いなんですよ。家族にとって、『不要不急』とは、まさに私のことだったのです」

 家族のため、頑張ってきた。会社でも上手くやり、地位も築いてきた。妻子はもちろん、上司や部下も俺のことを認め、必要とされている―。無情にも、それは単なる思い込みであった。

 個人で繊維などの輸入業を営む岡本洋二さん(72歳・仮名)は、妻から「ほとんど、存在価値がない」と言い放たれて呆然としたという。

 「もともと私は勤め人だったのですが、30年ほど前に一念発起して独立、それ以来、個人営業ながら家族のために身を粉にしてきたつもりです。なのに、妻は私の人生で価値があったと言えるのは、今住んでいる小さな家を買ったことだけで、それ以外には、何もないと言うんです」

 岡本さんの商売もコロナ禍によって大打撃を受け、半休業状態。仕事にならないので自宅にいることが増え、代わりに妻がパートに出ている。

 「やることがない私が、車で妻をパート先に送迎するんですが、その途中で嫌味を散々言われます。惨めな境遇に陥ったことを、『あなたが人の話を聞かないから』とか、『自慢話ばかりでつまらないから』とか、チクチクと。

 そもそも妻は、私が家に確実にいる日にわざわざパートを入れる。一緒にいたくないんですよ。私の数少ない楽しみは家で一杯やることなのですが、運転するからその日は酒も飲めないし、これも嫌がらせですよね。こんな生活が続くのかと思うと気が滅入ります」

 

自分抜きでも会社は回る

 自分は一家の大黒柱、そう自負していたのに、家族はそんなことを1ミリも思っていなかった。悲しいけれど、それが現実だった。元証券会社勤務で、現在は再雇用で同じ職場にいる62歳の田中康さん(仮名)もこう嘆く。

 「現役時代は人並み以上に稼いで、家族に何一つ不自由な思いをさせたことはありません。でも多忙で、まともに家族で夕飯を食べたこともなかったから、再雇用になったらやっと家庭生活を楽しめると思っていたんです。でも、妻と娘はそんなふうに思っていなかった」

 残業、接待などで毎晩午前様、という生活は終わり、夕方には帰宅するようになった田中さん。しかし、家族はイライラし始めたという。

 「娘に『なんでいつも家にいるの』と非難されるようになりました。なんと妻からは『月・水・金は外食して』と言われる始末です。酷いと思いましたが、妻に言わせると、『あなたと今さら人間関係を築くのは無理』なんだそうです。妻は妻なりに、娘やご近所と、それなりの世界を築き上げてきた。私の存在は異物でしかないと言うんです。

 これまで稼いできたのは誰だったんだよ、と頭に来ましたが、波風を立てまいと、言われた通り、週3回は無理に外食をしていました。そこにこのコロナ騒ぎです。まっすぐ家に帰るしかなくなり、また家庭がギクシャクし始めています」

 もしかして家に自分の居場所がないのでは……。薄々、そう気づいていても、仕事に没頭することで不安を押しのけてきたという人は、かなりいるはず。だがコロナ禍は、そんな健気な心もコナゴナにしてしまう。

 哀しみを語るのは、電機メーカー勤務の細田雄介さん(53歳・仮名)だ。

 「社内ではそれなりの役職で部長待遇くらい。でも、可能な限りテレワークせよという話になり、業務を最低限にして、出社を控えるようになったんです。ところが、会社って軽々と回るんですね。私が決裁していたものが頭を飛び越えたり、部下が自分で判断して進めたりしても、現場は普通に動き、なんの支障もない。今まで私がやっていた仕事はなんだったのか」

 サラリーマンの性として、自分がいなければ職場は回らない、俺が目を光らせて部下の動向をチェックしなければ、などと考えたくなるもの。しかし、そんなことはまったくないのである。

 

虚しくてもいいじゃない

 「自分自身では部下をまとめ、管理職として十分に社業に貢献していると自負していたのです。でも今はその部下たちが別の上長の指示で動き、何事もなく仕事をしています。

 不安でいっぱいですよ。部下たちが『前よりやりやすい』と思っていたら、どうしようとか。自分がいなくて逆に業績が上がってしまったら、俺の立場がないじゃないか、とか。

 テレワークだと部下たちと顔を合わせることもないし、上司や同僚が何を考えているかも分からない。分からないから、疑念や嫉妬に苛まれ情緒不安定になってしまう」(細田さん)

 つまるところ、人生はままならない。一時的に上げ潮に乗って、俺は勝った、などと思っていても、一寸先には奈落が待っていたりする。「俺はすごい」と強がっていても、心の底にモヤッとしたシコリを抱えたままの人もいるだろう。

 新型コロナ感染拡大のような異常事態で環境が激変すると、抱えていたものが漏れ出し、心を沈みこませてしまう。こうした感情と、いったいどうやって付き合っていけばいいのだろうか。

 「対価を求めないこと」と言うのは、漫画家の弘兼憲史氏だ。

 「なぜ自分を認めてくれないのか、と考え出すと、不満や虚しい気持ちが募ってしまいますよね。でも、対価はなくとも『自分は一生懸命にやった。それで満足だ』と自分自身が納得できればいい。意外と、そんな頑張りは、誰かがどこかで見てくれているものです」

 作家の山本一力氏も、こう語る。

 「石川啄木の、『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ』という句があります。人生には山や谷があり、誰にも相手にされない、自分には価値がない、と疎外感を抱く日はあるものです。

 そんな『友がえらく見ゆる』局面は、誰にも訪れる。その時、『いいさ、勝手にしろ。俺は花を買ってカミさんに渡して、笑ってやる』と思えるかどうか。たとえ今は虚しくとも、そんな心持ちが、明日へと繋がるのではないでしょうか」

 俺の人生は、不要不急だった。でもまあ、それでいいじゃない。