コストライフの防災ブログ改め「新しい生活様式(New Life Style)」ブログ

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#277 国民は怒りと絶望 本当の国難で露呈した口先政権の正体

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街は閑散(12日)、感覚がズレている(安倍首相のツイッターから)

 安倍首相が12日、公式ツイッターで“コロナ自粛”について新規投稿したところ大炎上してしまった。

 アーティストの星野源がインスタグラムに上げた「うちで踊ろう」の動画にコラボして、自身が自宅でくつろぐ様子をアップ。<友達と会えない。飲み会もできない。ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています>という文書とともに、自ら「外出自粛」の模範を示したつもりなのだろうが、動画の安倍は“まるで貴族”なのだ。


 高級ホテルのスイートルームのような部屋でソファにゆったり腰掛け、愛犬のミニチュアダックスフントを抱いて戯れる。次は優雅にティータイム。そして読書……。さすがにSNSでは批判的な声があふれ、<即時の補償は一切無し、自分はこんなくつろいだ動画載せて何様のつもり?>というリプライをスポーツ紙(電子版)が見出しに取って安倍の投稿を報じたこともあり、「何様のつもり」が一時ツイッターのトレンドワード入りするほどだった。
 
 世間は、一部の生活必需業界を除いて休業要請され、収入が9割減の商店もザラ。倒産か廃業か、明日からどうやって生きていこうかと不安で眠れない夜を過ごしている人がいる。自宅にとどまりたくても、生活のために出勤せざるを得ない人もいる。
 そんな状況下で、安倍の投稿動画は明らかに感覚がズレている。国民の置かれた苦境が全く見えていない。だから休業や外出自粛だけ要請して、本来セットであるべき補償をしない。平気の平左で自己責任を押し付ける。

 466億円を費やす「布マスク2枚」の配布にしろ、映画「あゝ野麦峠」の製糸工場の女工や戦時中の千人針を思わせる「客室乗務員が医療用防護服縫製」という支援案にも唖然。もはや笑えない次元で、日本政府はこの程度のレベルなのかと、絶望的な気分になった国民も少なくないだろう。

 コラムニストの小田嶋隆氏が言う。
 
ツイッター投稿について、安倍首相は純粋培養の温室育ちですから悪気はないのでしょう。

 問題は、庶民の神経を逆なでするこんな動画をアップすることを止める人が周囲にいなかったのか、ということです。側近全員がこれでいいと思っているのか、ノーチェックなのか、誰も何も言えないのか。いずれにしても首相官邸のガバナンスが死んでいるとしか思えません。今回のことは、バカな話で済むかもしれませんが、『あす宣戦布告します』と安倍首相が決断したとしても官邸には止める人がいないのではないか。官邸内のよどみが心配です」

■「要領よく難を逃れればいい」という無責任

 未曽有の危機の今、知恵も覚悟もないトップを頂く国民の不幸。それは2月末から今月7日までに4度行われた緊急記者会見でもよ~く分かった。
 
 2月29日、安倍は「これから1、2週間が瀬戸際」と訴えて、事前調整が何もないまま小中高の一斉休校を呼び掛けた。ところが3月14日には、「我が国は一定程度持ちこたえている」「卒業式もぜひ実施を」と安心していいかのようなことを言い放った。しかし、感染者は急拡大し、今月7日の緊急事態宣言に至ったのである。コロコロ変わる場当たり対応に、国民みな振り回された。

 極め付きは、「最悪の事態になった場合、責任を取ればいいというものではない」という今月7日のアノ発言。2月29日の会見で「私はこれまでも、政治は結果責任であると申し上げてきました。私自身、その責任から逃れるつもりは毛頭ありません」と勇ましく胸を張っていたのは、一体、何だったのか。
 安倍に関する著書もある政治評論家の野上忠興氏はこう言う。

「世界のリーダーは『これは戦争だ』とまなじりを決して感染拡大を食い止めようとし、国民の命を守ろうとしている。それに対して安倍首相は、いつもの“やってるフリ”のうえ、『なんでオレが責任取らなきゃいけないんだ』という態度。ドリフの『8時だョ!全員集合』じゃないですが、みんなズッコケますよ。それでも安倍首相はまったく痛痒を感じていない。彼の行動原理は『世の中、要領』なのです。口では『国家』や『国民』なんて言っても、本音では要領よくその場をしのいで、頂点に立ち続けられれば、それでいいと思っている。コロナ禍では現実に毎日のように死者が出ている。北朝鮮のミサイル発射を想定してJアラートを鳴らし、避難訓練したような今までの“危機”とは違う。それでもいまだ要領よく難を逃れられればという発想です。もはや政治家としてではなく、人間としての器量がないのだとつくづく思います」
 

「国民の生命と財産を守る」の空疎

 安倍はこれまで散々、「国難」という言葉を弄んできた。2017年にはモリカケ問題の目くらましで「国難突破解散」を強行。少子高齢化や緊迫する北朝鮮情勢を国難に仕立て上げ、政権私物化の追及を逃れた。

 北朝鮮からの弾道ミサイル飛来を想定した避難訓練では、国から呼びかけられた自治体の住民が頭を抱えて地面にうずくまるマヌケな姿が、国内だけでなく海外メディアにも報じられたものだった。 

 
 安倍政権が作り上げた国難北朝鮮だけじゃない。中国も仮想敵に見立て、防衛費は当初予算で5兆円を突破。毎年のように過去最高額を更新し続ける。そうして「緊急事態条項」創設の改憲も正当化しようとしてきた。

 しかし、いざ新型コロナウイルス感染症という本当の国難に見舞われると対応は後手後手。クルーズ船の集団感染で、世界の他の国々と比べても早期に感染者が続出したのに、医療器具やマスクの確保に動くこともなく、感染不安に怯えながら発熱に苦しむ患者に4日間の待機を押しつけ、PCR検査を受けさせない。お隣の韓国や台湾が感染の抑え込みに成果を出す一方で、日本は拡大の一途だ。
 
 そして、外出自粛で街から人が消え、商売が成り立たないのに、休業補償や現金給付はケチる。感染死だけでなく生活苦の自殺者が出かねない状況である。

 いま全米で評価が高まっているクオモ・ニューヨーク州知事は、自身のルーツであるイタリアのことわざ「金持ちとは健康な人のことである」を引用して、<あなたが健康ならば、どんな問題でも解決策を見いだすことができる。生きてさえいれば、あとの問題はなんとでもなる>と語ったという。どこかの国の首相とは大違いだ。前出の野上忠興氏も「同じ清和会(自民党派閥)のボスなのに、『人命は地球より重い』と言った福田赳夫首相とはあまりに違う」と嘆いたが、安倍が好んで使う「国民の生命と財産を守る」というフレーズが、いかに空疎だったかが分かるというものだ。
 いつ終わるのか先が見えないコロナ禍なんて、国民の誰ひとりとして望んではいなかった。しかし、皮肉なことに本当の国難によって、口先だけの自己保身政権の正体に多くの国民がようやく気付くこととなった。
 
「世界のリーダーだけでなく、国内でもきちんとメッセージを出せている首長が何人かいます。東京都の小池知事は酷いポピュリストだとは思いますが、都民への説明などちゃんと言語能力を持っていることが分かる。愛知県の大村知事もしっかり対応している。市町村レベルでも素早く休業補償を出すなど独自の対応を取っている首長がいる。それに比べて安倍首相は……。自分の言葉でしゃべれないし、馬脚を現しましたね」(小田嶋隆氏=前出)

 危機だから政権を批判している場合じゃない、というのは違う。この危機は簡単には終わらない。長く続く。危機だからこそ無能政権には退場してもらって、早くこの国を立て直さなければいけないのである。