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#267 不安な時つぶやきたくなるメルケル語録ベスト5

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ドイツのメルケル首相

 新型コロナウイルスの感染拡大は「死の恐怖」を現実化し、世界各地でパニックを引き起こしている。空になったスーパーマーケットの陳列棚や品切れが続くトイレットペーパー。人々の不安と焦りは常にフル充電状態だ。こういう時こそ、イライラや攻撃性とは無縁で、新型コロナ対策でも世論の厚い支持を獲得しているメルケル独首相の言葉に耳を傾けてみるのが良いかもしれない。【外信部記者・中西啓介

 せんえつながら「コロナ危機の今こそ読みたいメルケル語録ベスト5」を選定させてもらい、語録の背景にあるメルケル氏の歩んできた道と業績を紹介しながら、どうすれば強く柔軟な心を育むことができるのか探ってみた。

 ◇第5位 「誰かについて話すのではなく、当人と直接話をする主義です」

 2017年3月、トランプ米大統領との初の米独首脳会談を前にメルケル首相はこう述べた。当時のトランプ氏は「メルケル首相の難民受け入れ政策は惨劇」「ドイツ車に高額関税を課す」と豪語し、欧州連合EU)を率いるドイツに通商交渉などで譲歩するよう強い圧力をかけていた。だが、トランプ氏は会談後、一転して穏やかな態度に変わり、メルケル氏について「偉大な指導者だ」とリップサービスまでした。

 「話せば分かる」というメルケル流を代表するこの表現は、メルケル氏がプーチン露大統領やトルコのエルドアン大統領と対立するたびに使ってきた表現でもある。「どんなこわもてな相手でも自分が出ていけば落としどころを見つけられる」という自信があるのだろう。プーチン氏と徹夜の交渉でまとめ上げたウクライナ紛争を巡る和平合意(14年)や、EUへの難民流入を止めたエルドアン氏とEUとの難民合意(16年)など、その自信には確固とした実績による裏付けがある。メルケル流交渉術の核心とは何か、次の言葉が表している。

 ◇第4位 「利益が不利益を上回るなら、妥協は最高の解決策です」

 05年の首相就任以来、外交・内政の難題を安定感抜群の交渉術で処理してきたメルケル氏には、国民から「ママ」という愛称が贈られている。正論を貫き、ユーモアを忘れない余裕ある立ち居振る舞いが、頼りになるドイツの肝っ玉母さんという印象を与えたのだろう。

 一方で、メルケル氏の政治的判断力の源泉になっている性格や考え方、私生活での経験については、本人があまり語らないこともあり謎が多い。語録からその謎に迫ろうと「メルケル辞典 首相の全て」(16年)など、ドイツでは多くのメルケル本が出版されている。この「辞典」では、「妥協」について「メルケル氏の政治的思想の中心的概念」と解説している。4位にランクインしたこの言葉は、13年の独紙ツァイトとのインタビューで述べたものだ。相手にも一定の花を持たせる妥協案を見いだす姿勢は、とりわけ難民政策やギリシャ支援を巡る与党内保守派との対立の場面などで見られてきた。

 ただ、トランプ米政権誕生以降、この手法の限界も露呈するようになった。異論・反論は一切認めないというトランプ氏らマッチョな政治家が台頭してきたためだ。そこでメルケル氏が編み出したのが「意見の相違を明確に記載する」というやり方だ。

 17年、ハンブルクでの主要20カ国・地域(G20)首脳会議では、地球温暖化対策の枠組み「パリ協定」を巡り、離脱を表明したトランプ氏と協定推進を訴える日欧などの対立が先鋭化。メルケル氏は「米国のパリ協定離脱の決定に留意する」という文言を盛り込む一方、米国以外のメンバーが「パリ協定は不可逆なもの」であると同意したとする両論併記の首脳宣言を取りまとめている。

 「妥協」は心の重荷を軽くしてくれるイチオシの語録なのだが、力強さと分かりやすさが求められる今の時代には、残念ながら通用しにくくなっており、G20ではこうした対応を余儀なくされた形だ。メルケル氏自身も近年は「妥協」や「他に選択肢がないから」といった力強さを欠く表現はあえて控えているようにも見える。もっとも、例によってご本人がこの変化について細かく説明することはないが。

 メルケル氏はなぜ政策の裏付けとなる自分の考えをあまり語りたがらないのか。そこには分断国家だったドイツの歴史が影響している。

 ◇第3位 「私の人生では沈黙が最良の方法であることがよくありました」

 07年、ドイツメディアとのインタビューでメルケル氏はこう語った。1954年に西独北部ハンブルクに生まれたメルケル首相は、生後すぐに牧師だった父の仕事の関係で東ドイツに移り住み、北東部の小さな街テンプリンで育った。シュタージと呼ばれた国家保安省が世界最大規模の監視国家を築いた東ドイツメルケル氏はこの時代を一貫して物理化学の研究者として過ごした。「東ドイツ政府が関与する余地がないから自然科学を選択した」(メルケル氏の公式ホームページ)という独裁国家への不信感が、沈黙という自己防衛を身に付けさせたのだろう。

 主に人は他者に迎合する時や自分の利益やプライドを守ろうとする時にうそをつく。だが、こういう時メルケル氏はうそを避け、沈黙を貫こうとする。例によってその理由をメルケル氏は説明したことはないが、おそらく政治の中で最も危険なことは一時的な支持や利益を得るために便宜的なうそをつくことだと考えているのだろう。

 15年の欧州難民危機では、「今年の若者言葉」の候補に「メルケルする」という動詞が挙げられた。「自分の口で説明しないで沈黙する」という意味だ。今回のコロナ危機でも3月上旬に政府対策を示すまでの長い沈黙が批判された。

 だが、新型コロナウイルスの感染拡大について「完全にコントロールしている」とうそをつき、状況が悪化した後は、あらゆる不都合な事実を「フェイクニュースだ」と即座に抗論しようとするトランプ氏の態度と比較しても、客観的事実以外、余計なことは言わないメルケル氏の姿は不安への対処としては効果的に見える。

 その姿はまるで仏陀(ぶっだ)の「真実を語れ。怒るな」(「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫)という教えを実践しているかのようだ。誰もが不安になる今こそ、沈黙の効果が再評価されるのかもしれない。

 ◇第2位 「専門家は国民のうち最大で60~70%が新型コロナウイルスに感染すると見ています」

 政府としての初の新型コロナ対策を説明した3月11日の記者会見の冒頭で、メルケル氏はこう発言し、欧州全域が危険な状況にあることを明確にした。それまで「普通の風邪だろう」と楽観的な意見もあったドイツ人の間に急速に危機感が広がり、手洗いの習慣の普及や外出自粛などの動きが全国に広がることになった。

 不安を和らげるために不都合な数字を隠したり、小出しにしたりするのではなく、最初からデータを包み隠さず明確にするというのがメルケル流危機管理術の一つだ。国民の7割にあたる5800万人以上に感染が広がるまで、政府は予測数値を変える必要がなく、後々、政府が度重なる予測の変更を迫られ、国民の間に「騙された」という不信感を増大させずに済むという効果もある。

 不況下には公共投資による経済刺激策が必要だと提案するなどし、「マクロ経済学の父」と呼ばれた英国人経済学者ジョン・メイナード・ケインズは「経済学者が危機の時に『嵐が去れば、海は再び穏やかになります』などと軽々に言えば、自分の仕事の価値を損なう」と実効性ある政策を提言する責任を訴えていた。

 新型コロナ危機で、独政府は早々と企業や個人事業者を対象にした所得保証補助金や融資策など1560億ユーロ(約18兆7200億円)規模の対策を打ち出した。国民に耳の痛い事実を告げ、「感染拡大を遅らせるための時間稼ぎ」を求めたメルケル氏は、一定程度の安心感を持って国民が外出を自粛できる環境も作った。最新の世論調査ではメルケル氏の対応を評価する声が約72%に上っている。

 ◇第1位 「意志あるところに、道は開ける」

 15年のギリシャ債務危機や英国のEU離脱交渉など歴史的な困難に直面した時、メルケル氏がことあるごとに口にしてきた言葉だ。

 新型コロナウイルスの感染者数や死者数の増加に歯止めがかからず、今世紀に入って最悪の経済危機が確実視される状況で、不安やパニックと無縁でいられる人はいないだろう。「明日はどうなるのか」という将来に対する漠然とした不安から、必要もないのにトイレットペーパーを買い込むなど、個人個人が少しだけ利己的になり、心の余裕を失うことで大きなパニックは生まれる。歴史を振り返ると、そういう時代に単純で暴力的な「解決策」を訴える政治家が権力を掌握し、人類史上まれに見る惨劇を引き起こしてきた。

 こういう今こそ、メルケル氏の言葉を自分なりに言い換えて口にしてみると良いかもしれない。「本当に困っている人を助けたい意志があるから、トイレットペーパーは買わない」「世界中の人たちの強い意志があるのだから、必ず治療法もワクチンも見つかる」と。

 メルケル氏ほど余裕のある表情はできなくても、かすかでも確実に前向きな気持ちになれるはずだ。顔を合わせたこともない世界の人たちと、新型コロナに打ち勝つために力を合わせているという希望が芽生えるのだから。そこに、危機の出口へとつながる道は開ける。