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#262 どこまで甘い「1年後に東京五輪開催」ではコロナ再流行の惨劇を生む

 

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東京五輪は開催できるのか?
来年のオリンピックは実現できるのか?

 東京オリンピックが来年7月23日から8月8日に延期されることが正式決定された。

 この決定が行われるまで安倍首相は「開催」を強調しており、「もう開催は無理だから早く延期すればいいのに」という声も多かった。

 

しかし、もし安倍首相が「延期」や「中止」に言及していたら、これ幸いとばかりに「すべての責任が日本に押し付けられる」という事態になっていたかもしれない。

 主要国の選手団体がIOCに「延期」を要請するまでじっと我慢し、頃合いを見計らって電撃的に延期決定に持ち込んだ手腕は評価されてもいいと思う。

 例えば、豪華クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の受け入れ。行き先が無く困っているこの船を受け入れ、全力で対応した日本を「対応がなっていない」と日本だけではなく、海外のオールドメディアも散々バッシングした。

 しかも、船籍国である英国と、クルーズ船運営会社である米国の政府首脳は知らんふり(ジョンソン首相は、かなり時間が経過してから謝意を示したが……)を決め込んだ。

 その後の他のクルーズ船への各国の対応と比較すれば、日本の対応が素晴らしかったことは明らかだ。

 国際社会というのは別に立派な人の集まりではない。むしろ日本社会よりもえげつないと言える。だからこれまでのオリンピック開催問題に対する日本の対応は概ね正しかったといえるが、来年への開催延期は新たな問題を引き起こす可能性がある。重要な点は次の3つだ。

 1. 2021年7月23日の十分前に武漢肺炎の流行は終息するのか? 2. オリンピックを口実に習近平国賓来日という暴挙が行われないのか? 3. 東京オリンピック武漢肺炎再流行の原因になることは無いのか? 
 である。

日本だけが問題を解決しても……

 まず1である。東京都の都市封鎖が議論されるなど、日本での武漢肺炎感染状況は予断を許さない。しかし、当初、共産主義中国からの入国制限が遅れたハンディキャップを跳ね返して、日本は健闘していると思う。

 これは、古代から死を「穢れた」ものとして死体からの感染を防ぐようにしたり、毎日入浴(日本人にとっては当たり前だが、欧州などではそうではない)したり、神社に参拝するときに「手水」で清めるなど、DNAに刻み込まれたとも言える古代からの感染症対策が功を奏したといえるであろう。日本人の衛生観念の高さは4月10日公開の「新型コロナ惨劇の今だからこそ叫びたい『鎖国』と『循環型社会』万歳」で述べた通りだ。

 もちろん、まだまだ油断はできないが、日本だけを考えればオリンピック前に感染が落ち着くのはあり得ない話ではないと思う。

 しかし、今回の武漢ウイルスの問題は「世界中の誰もが免疫を持っていなかった」という点に集約される。誰も免疫を持っていないから爆発的に感染が拡大したのだ。さらに悪いことに、一度回復して免疫を獲得したはずの人々の武漢肺炎が再発するという事例も報告されている。

 事実関係はもっと詳細に調べる必要があるが、武漢肺炎にHIVの治療薬が効果を発揮するという一部の報告はもっと検討する必要があるかもしれない。

 HIVは免疫システムの司令塔であるT細胞(CD4陽性リンパ球細胞)に感染するため、免疫不全を起こす。

 もし、「新型」(さらに変異を遂げつづけているとされる)のウイルスがHIVのように免疫システムを攻撃するのであれば、免疫システムそのものが弱っている高齢者の症状が重篤化し死に至るケースが多いのも理解できる。

 事実関係を確認するためには、さらなる調査・研究が必要だが、ほとんどの人が免疫を持っていない上に、免疫システムを攻撃するのであれば、かなり厄介なウイルスである。

 

世界の問題が終わらなければ開催は無理

 たとえ、日本の問題が解決してもオリンピックは日本だけで開催できるわけではない。世界中の国々でウイルスの流行が終息しなければ、選手が日本にやってくる事はできない。

 欧米を始めとする国々の感染状況を見ると、来年7月23日の十分前に世界の大半の国で武漢肺炎終息宣言が出される可能性は極めて低い。今回の延期決定がギリギリであったと言われるのだから、オリンピック開催のためには、少なくとも来年初には各国で終息宣言が出されなければならないが、現実的とは思えない。

 また、例え感染者の数の増加が大幅に減ったとしても安易に終息宣言は出すべきではない。前述の「新型コロナ惨劇の今だからこそ叫びたい『鎖国』と『循環型社会』万歳」で述べた様に、1976年に初めて発生が確認され、1995年の米国映画「アウトブレイク」のモデルともいわれるエボラ出血熱は、現在に至るまで完全終息せず、昨年にも再流行が起こり、7月にWHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に指定している。

 中国共産党の隠ぺい工作によって世界中に拡散した武漢ウイルスとは違い幸いにも(アフリカの人々にとっては不幸だが……)今のところアフリカ大陸内部に感染が限定されるため、日本での関心は薄いが、米国はアフリカに封じ込めることが重要であると考え、援助を惜しまない。それでも、WHOが緊急事態を宣言したのだ。

 世界的パンデミックになってしまった武漢肺炎がいったいどのような形で再流行するかを予測するのは難しい。したがって、各国の政治家はそのようなリスクを負う終息宣言の発表には躊躇するであろう。もし、終息宣言をした後に再流行すれば政治生命が断たれる。

 さらに、それぞれの国の国内でウイルスの流行が沈静化しても、海外からの流入には神経をとがらすだろうから、渡航制限や入国制限は長期間続くはずだ。

 国際的な人の移動が厳しく制限されたままであるとしたら、オリンピック開催というのは非現実的である。

 

習近平国賓問題は?

 2はオリンピック開催を理由に「習近平国賓来日」が蒸し返される問題である。習近平氏は、3月10日に武漢肺炎流行後はじめて武漢市を訪問し、多くの市民が「今頃何しに来たんだ」と心の中で(口に出すとひどい目に合わされる国である)叫んだ。

 しかし、そのような中国人民の声など存在しないように振る舞い、終息宣言同様の発言を繰り返し、あろうことか欧州など被害が拡大する国々に対して「対応がずさん」だとお説教する始末である。

 これ対して、ウイグルチベットなどでの中国共産党による人権蹂躙に怒りを露わにしていた米国が「おまゆう発言」として激怒するのも当然である。マイク・ポンぺオ国務長官が公式の場で「これはあくまで『武漢ウイルス』なのだ」と強調したことも「火元責任」を明確にせよという主張である。また、若手のアジア研究学者、マイケル・ソボリク氏は「本当は放火犯なのに、いまは消防士のふりをしている」と厳しく非難する。

 ソボリク氏の言葉は、日本人にすれば過激にも思えるが、米議会で次々と可決する対中国に対する人権法案が全会一致であることを考えても「共産主義中国は人類の敵」というのは米国民の共通認識といえよう。

 そのような四面楚歌の中で、国会や官僚・役所さらにはオールドメディアが媚中派に牛耳られている日本は、共産主義中国にとって最後の砦だ。

 習近平氏の来日は秋に延期ということになっているが、これは日本的感覚であれば「丁重なお断り」だ。しかし、金で動く国は別にして世界中の先進国から見放されている中国が「秋だったよね」と強引に迫ってくることも考えられる。

 習近平氏にとって国賓招待は「武漢肺炎終息、火元責任免除」のアピールの絶好のチャンスだ。来年にオリンピックが予定されているからと言って「人類の敵」を歓迎すれば、日本が世界中から締め出されることになりかねない。

オリンピックが惨劇の引き金になる?

 幸運にも諸条件がそろって、予定通り来年7月23日からの開催が可能に見えたときでも警戒を怠ってはならない。3の問題だ。

 再流行の危険性はすでに述べたが、東京オリンピックの開催で世界中から人が集まることにより、再び武漢肺炎が流行する可能性は十分ある。

 例え日本が世界平和のため懸命に努力してオリンピックを開催しても、その結果、再びパンデミックが起これば世界中から未来永劫非難されるであろう。

 冒頭で述べたダイヤモンド・プリンセス号の一件が象徴的だ。国際世論というのは自分勝手な人々のたわごとだと考えたほうが無難である。

 もちろんすでに述べたように、日本から再延期や中止を言いだしたらすべての責任を押し付けられるから、国際世論の高まりを待って、選手などの関係者から提言させるという困難なことを行わなければならない。

 第1回東京オリンピックは、本当は1940年(9月21日から10月6日まで)に行われる予定であった。次回オリンピックは、第2次世界大戦のため幻に終わった東京オリンピックから数えれば3回目であるが、またしても幻に終わるのか? 
 日本や世界は、1940年のオリンピック中止後1945年まで戦争の苦しみを味わったが、今回のオリンピックが中止されてもされなくても(むしろ開催された方が……)、日本や世界は5年程度は厳しい環境下におかれるような気がする。

 偶然とはいえ、東京オリンピックが再びキーワードとなるのは恐ろしいような気もする。

 今回の武漢肺炎ショックが、リーマンショックのような単なる金融危機ではないという点では、私が執行パートナーを務める人間経済科学研究所代表の有地浩とも同意見(「新型コロナ・ショックはリーマン・ショックより手ごわい」参照)だが、これからの日本・社会の将来を語る時には「経済・社会構造そのものの劇的変化」を考慮に入れるべきであろう。

 個人的には、2024年パリオリンピックや2025年大阪万博の開催さえも危ぶんでいる。