コストライフの防災ブログ改め「新しい生活様式(New Life Style)」ブログ

~新型コロナと共存しつつ、社会経済活動を行っていくために、感染拡大を予防する「新しい生活様式」の取組を定着することが重要です。一緒に取り組んでいきましょう~

#228 日本型「自粛せよ。しかし金は出さない」で人の命は守れるか。新型コロナ、2つのリスクに同時に対処すべき理由

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新型コロナウイルスによる外出自粛要請で閑散とした東京・銀座に舞う雪=3月29日

 新型コロナウイルスの感染拡大で、マスクの品薄状態が続いていることから、安倍首相は1世帯あたり2枚ずつ、布マスクを配布すると発表した。経済対策についてはいまだ具体案がほぼ提示されない中での突然の発表に、SNS上では戸惑いの声も相次いだ。「『自粛せよ』『布マスクは2枚出す』では救われない。経済なバックアップがなければ人は死ぬ」と警鐘を鳴らすのは、ノンフィクションライターの石戸諭さんだ。ハフポスト日本版に「経済が大切な理由」を寄稿した。

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「経済は専門外なのでわからない」という感染症専門家

 「専門家が望む感染症対策を実行すれば、その分経済活動は停滞し、感染症ではなく経済リスクも膨らみます。その二つのリスクについてどう考えていますか?」

 最近、旧知の医療系の取材先や、方々で会う医師や公衆衛生の専門家に聞いて回っている。

 大多数の回答をざっくりまとめると「経済も大事なのはわかるけど……。経済は専門外なのでわからない」になる。だが、海外には公衆衛生、疫学の専門家がきちんと経済政策と人の健康について分析を施している例がある。

 それが『経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策』(草思社)だ。著者は2人。デヴィッド・スタックラーは公衆衛生の専門家であり、サンジェイ・バスは医師で医学博士号を持っている。

 彼らの結論は極めてシンプルだ。経済政策の失敗もまた人の命に直結する。特に、不況下で財政緊縮策を取った場合、財政刺激策を取るよりも死者が増大するというものだ。

 

今の日本はどうか…?

 内閣府の発表(2020年3月9日)によると、2019年10~12月期の国内総生産GDP、季節調整値)改定値は、前期比1.8%減、このペースが1年続くと仮定した年率換算は7.1%減。この数字は、新型コロナウイルスショックが直撃する「前」の数字であり、消費税増税ショックにコロナショックが加われば、景気は確実に減退する。

 なるほど、国も対策はしているだろう。経産省厚労省の対策案を記したホームページのリンクがSNS上で一部話題になり、「すごい支援策がある」という声とともに私にも送られてくる。だが、これらはあくまで一時的なもの、言い換えれば急場しのぎの対策だ。

 無論、ないよりはあったほうがはるかにマシな融資策もあり、フリーランスに対する貸付プランも用意されている。

 大事な点は、これでは足りないということだ。従業員の休業や解雇を検討する企業は後を絶たない。厚労省が把握しているだけ(3月30日時点)で、解雇などが見込まれている人数は1021人、従業員の休業など雇用調整を検討する事業所は3825に達する。

 経済対策は急場しのぎだけでなく、急場をしのいだ先に、回復が待っていなければ、本来あったはずの仕事が無くなる人が大量に発生する。

 スタックラーらの分析では、失業そのものだけでなく、失業への不安、家を失いそうになる不安があるだけで健康に影響を及ぼす。

 

他国は「外出は控えて。代わりに一定額は保証する」

 そのために各国は積極的かつスピーディーな財政政策に打って出ている。

 アメリカは総額220兆円規模で、

「・年収7万5000ドル(約825万円)以下の大人1人に1200ドル、子供1人につき500ドルを直接給付」

「・失業給付を拡大。これには自営業や単発仕事のフリーランスの人も初めて含まれる」

「・中小企業支援には3500億ドルを用意。雇用を維持して従業員に給与を払えば、返済不要にする」(BBC

 イギリスは「フリーランスらを対象に、月2500ポンド(約33万円)を上限に所得の8割を補償する支援政策を26日に発表した」(朝日新聞

 不況になることが確実視される時に、緊縮してはいけない。まずは国がお金を出すことは、「外出は控えてほしい。代わりに一定額は保証する」という感染症対策にもなっている。

 
「自粛せよ。しかしお金はほぼ出さない」が日本の対策

 私は自粛が不況を呼び込む以上現金給付は無条件、消費減税はこの4月からでも必要だと考えていたが、政府の方針は違っていた。

 安倍首相は口では「過去最大の経済対策」というが、日本の対応は限りなく遅い。

 給付は所得制限が先走り気味で議論され、額も右往左往しており、消費税の減税という直接的な景気刺激策は見送られる可能性が高い。

 一方で、いくつかの業種については感染症の専門家が「感染リスクが高い」というエビデンスを出し、行政が名指しで自粛要請したにも関わらず、会見の場で一切売り上げの補償や補填のスキームが示されなかった。

エビデンスに基づき自粛せよ。しかし、お金はほぼ出さない」というのが現状、日本の方針だ。

 ファクトを重ねると、日本が取っているのは事実上の緊縮であり、これでは、仮に感染症は制御できたとしても、経済で命を危険にさらされる人が増えることになる。

 日本の公衆衛生専門家、あるいは医師たちはどう考えるのだろうか。

 

危険を強調する伝え方への違和感

 経済はわからないと言いながら、専門家たちは現状は危険であり外出は控えるべきだという。私もこれ自体には異存はない。

 彼らはまた、新型コロナウイルスによる医療崩壊の可能性があるという。なるほど、これも異存はない。

 ただし、メッセージの仕方はどうか。彼らの発言を聞くたびに、提示されるエビデンスに納得しつつも一つ疑問が生じるのだ。

 彼らは「恐怖を強調し、正しい情報を発信すれば人は望ましい行動や考えにたどり着く」と思っていないか? 流行の言葉で言い換えれば、”行動変容”が起こせると確信していないか?

 しかし残念ながら、危険を強調する脅しだけでは人は動かない。ターリー・シャーロット『事実はなぜ人の意見を変えられないか』(白揚社)のなかにおもしろい事例がある。

 

手洗い率が上がったのは恐怖訴求よりも…

 2008年、ニューヨーク州の研究チームが大がかりな計画に着手した。手を洗おうと呼びかけてもダメだった、医療現場のスタッフたちの手洗い率をあげるための計画だ。まず頓挫したのが、監視カメラ、そして人の目による監視だった。

 医師であっても、人間である。彼らは人に見られていることをわかっていても、適切な手洗いという”望ましい行動”をとらなかった。

 ところが、監視では進まなかった行動変容が、別の方法で起きた。各部屋に手洗い遵守率を示す電光掲示板を設置しただけで、彼らの遵守率は大幅に上がった。

 スタッフが手洗いをするたびに、掲示板の数字が変動するという目に見えるフィードバックが変化を促した。

 この結果が示唆しているのは、望ましい行動を取らせたい場合、恐怖や監視、脅しよりも肯定的なメッセージやフィードバックを流す方が有意義であるという可能性だ。

 恐怖を与えても行動変容にはつながらない。罪の意識を植え付けようとしたり、脅しあげたりしたところで、人の気持ちを萎縮させるだけで終わってしまうからだ。

 新型コロナウイルスでも、”戦い”が長期戦になる以上、望ましい行動をとることのリターン、ポジティブなフィードバックが大事になってくる。自粛とセットで補償も示す、積極的な経済政策も、一つの有効なフィードバックと言えないだろうか。

 
ペストは経済問題だった

ロビンソン・クルーソー』で知られる小説家、ダニエル・デフォーは1665年のロンドンを恐怖に陥れたペスト禍をテーマに『ペストの記憶』(研究社)という小説を書いている。

 より正確に言えば、小説の技法を使って、限りなくノンフィクションに近い作品を書いている。その中には、ペスト禍のなかで仕事を失った人々も出てくる。

 親方衆は、弟子たちをー現代風に言えばー解雇し、家の建築が滞ったことで、関連するすべての職人たちの職は途絶え、人々は生活を切り詰めた。

 仕事を失った人々の中には、義援金のおかげで、苦境は改善されたという人もいたが、義援金でロンドンから避難を選んだ人のなかにペスト感染者もいた。彼らの移動は、疾病を隅々まで広げ、やがて死が追いついた。

 そして、その後は「ペストそのものではなく、ペストが引き起こした災いのせいで」絶命する人々が出てくる。

「空腹と苦境に襲われ、全てが欠乏するなか亡くなったのだ。住む家もなく、金もなく、友もなく、パンを得る術もなく、パンを施す人もなかった」(デフォー『ペストの記憶』)

 
人間は、最も大事な「資源」ではないか

 スタックラーたちは、冒頭で紹介した著書の最後に、の最後でこんなことを書いている。

「どの社会でも、最も大事な資源はその構成員、つまり人間である。したがって、健康への投資は、好況時においては賢い選択であり、不況時には緊急かつ不可欠な選択となる」

 感染症対策は人間という資源を守るにあたり、必要なことだが、同時に経済政策もまた健康への投資になるのだ。2つのリスクに同時に対処しなければならない理由が、この言葉に詰まっている。